「脳神経は脳から出る末梢神経である」と思っていたら、「副神経[XI]には脊髄根があります」と言われて、あまりにも爽やかな矛盾の色合いに唖然としてしまったのを今でも覚えている。それにしても、無事に進級できたからこそ当時のありとあらゆる困惑が良い思い出になっているのかもしれないと思うと、結果は本当に過程を正当化してしまう力を持つようだ。
さて、当時は高校同期や先生方と一緒に頭を悩ませていたのだが、結局『岩波生物学辞典』が一番マトモだという結論になった。つまり「脊柱ではなく頭蓋から出る」という述語を「脳から出る」と略しているようである(そうとしか思えないし、思いたくない*1)。
脊椎動物において,脊柱ではなく頭蓋から出る末梢神経の総称.脊髄神経に対する.一般には嗅・視・動眼・滑車・三叉・外転・顔面・内耳・舌咽・迷走・副・舌下の各神経の12対とされるが,視神経は本来は脳の一部であり,末梢神経ではない.他方,嗅神経の前方に存在する終神経が脳神経に加えられる.また,内耳神経を顔面神経の一部とする考えもある.三叉・顔面・舌咽および迷走神経は,発生途上,各内臓弓に分布するため鰓弓神経と呼ばれる.動眼・滑車・外転の三神経は外眼神経群と呼ばれ外眼筋を支配する.舌下神経(第十二脳神経hypoglossal nerve)は脊髄神経の変形したもので,延髄の舌下神経核(hypoglossal nerve nucleus)に起始した脊髄神経腹根様のものがいくつか集まって形成され,頸神経叢と共に鰓下筋系を支配する.また,顎口類にだけ存在する副神経(第十一脳神経accessory nerve, accessorius nerve)は,僧帽筋群(cucullaris muscles)を支配する純運動性の神経で,迷走神経の一枝として扱われるが僧帽筋群が鰓弓筋ではないため,舌下神経に近いとの考えもある.僧帽筋群の支配には頸神経が加わる. 岩波 生物学辞典 第5版「脳神経」
今改めて見てみたら、Gray's Anatomy for Students(原書第4版)には There are twelve pairs of cranial nerves and their defining feature is that they exit the cranial cavity through foramina or fissures. と書いてある。訳書では「12 対の脳神経(Cranial nerve)がある.これらの神経は,頭蓋の孔や裂を通って頭蓋腔から外に出るのが特徴である.」とされているので、defining のニュアンスがかなり読み取りにくくなっているということのようだ。
ちなみに、Gray's Anatomy(原書第42版)にはそもそも(構造としての)定義が見当たらなかった。楽しく通読できる成書を編むのは、なかなか難しいんだろうと改めて思った。
*1:もし本気で「脳から出る」と定義しておきながら副神経[XI]の脊髄根を解説してしまう書物ばかりだとすると、自分のこの先が本当に思いやられてしまうからだ。