ウズウズしていた期間

「数学の勉強をしたくて入ったのですが、授業は哲学や数学基礎論ばかり。最初の2年間はウズウズしていた期間でした」

いや、こういう大学が、日本にもいや世界にも一校ぐらいあってよいと思いますよ。このたとえは、階層性の観点からは少し外れていますが。そういえば、東大数学科の人々って思ったより基礎論嫌いなところがありませんか。たとえば、モデルの定義を一度でも見たことのある人が、かなり多く見積もっても八割ぐらいじゃないのかなという(少数のデータに基づいた)偏見があります。京大の数学徒はもうちょっと基礎論に対するリスペクトがあるような気がするんですけど、これもまた私の個人的な偏見かもしれません。

数学者は自分たちのやっていることは「その気になれば」すべて基礎付けられるはずだと信じていると思いますが、同様に「その気になれば」得られた化学上の結果をすべて物理学の理論に裏打ちさせられると信じる化学者は一体どう扱われるべきなのか、という問題が浮上しえますね。ただまあ、どちらも理学の範疇に収まっているので、真理の探究を至上命題として同じくする以上は、そこまで問題は起きないでしょう。問題は、真理の探究が至上命題でない学問(工学や医学など)を理学の名の下に整理し基礎付けようとするときに起こる印象があります。あるいは、そもそも「文化圏」が遠すぎてそういう問題が立ち上がることさえないのがほとんどですね。前者の類の学問では、理学に頼りすぎて却って誤った結論を生み出す様を「頭でっかち」と呼んで忌避することもあるでしょう。

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私のルーツは数学と哲学にありますが、結局やっているのは言語学と医学なので、なかなか奇特な人間だなと自分でも思います。きっとこれって「なろう系主人公」なんでしょうけど、巷でもよく言われているように、なろう系主人公という立場は基本的に最悪で孤独なものですね。この前、大学同期とたぶん地理の文脈で「孤立した言語」の話になったので、とりあえずド典型のバスク語を話題に挙げて能格言語だよねと言ってしまったのですが、よく考えると言語学をあえて勉強しようとした人でなければ(であってもたまに!)能格が何かというのを知らないのでした。紙に書いて話せなかったので口頭でアラインメントを説明して主格・対格型と能格・絶対格型を説明したのですがほぼ伝わりませんでした……、前に高校同期に説明したときには、紙があったので分裂能格性や分裂自動詞性(活格言語)までちゃんと説明できましたが。この事態は、GPT-4が大きい数の計算ができないこととおおむね同じようなことでしょう。

そういえば、これ読みたいですね。