初等幾何学・航海日誌『数学オリンピック幾何への挑戦:ユークリッド幾何学をめぐる船旅』

本稿は、湧源クラブの機関紙 Non-Puits(314 号)および Un Petit Puits (No. 316) に寄稿した記事に加筆修正したものです。

概要

Evan Chen 氏による Euclidean Geometry in Mathematical Olympiads の日本語訳『数学オリンピック幾何への挑戦:ユークリッド幾何学をめぐる船旅』が、監訳者を森田康夫先生、訳者を兒玉太陽・熊谷勇輝・宿田彩斗・平山楓馬として、2023年2月8日に日本評論社から出版されました。

謝辞は訳者まえがきに述べておいたとおりですが、特に私の個人的な感情として、加藤文元先生と西村太一先生への謝意を改めて表出させていただきたく存じます。加藤先生のご推薦文に見合う内容が世に出せたかどうかは読者諸賢のご判断に委ねられますが、訳者一同ともに最大限の努力を重ねてこられたと信じております。

『船旅』の由来

読者の方々の中には、おそらく原題の Euclidean Geometry in Mathematical Olympiads の頭字語である EGMO と呼び習わしている方も多いでしょうが、それはヨーロッパ女子数学オリンピック (European Girls’ Mathematical Olympiad) と同一なので非常に有害であり、今回の翻訳でも一つの方針として掲げたのは「EGMO という呼称への代替案を提示しよう」ということでした。そこでヒントになったのが、エヴァン・チェン氏による出版過程の解説記事でした。

Initially, this text was titled A Voyage in Euclidean Geometry and the filename Voyage.pdf would persist throughout the entire project even though the title itself would change throughout. […] Change the title to “Euclidean Geometry in Mathematical Olympiads” (it was originally “Geometra Galactica”).

さすがに “Geometra Galactica” を採用することはできませんでしたが、どうにかして “Voyage” という要素を選び出したいものだと苦心し、その試行錯誤の末に生まれたのが『船旅』でした。

ところで、なぜ “Voyage” という語が使われたのかという点については、「訳者まえがき」で次のような分析を与えることにしました。

元のタイトルが A Voyage in Euclidean Geometry であったことからも窺えるように,各章はおおむね独立に読めるように書かれているので,単なる一本道の旅ではなく,むしろ数学という大海に浮かぶいくつかの島を読者の気の向くままにめぐるというイマージュが浮かぶ見事な構成になっている.

このことは、エヴァン・チェン氏が 2019 年のエイプリルフールに EGMO のパロディ版として公開した Undergraduate Math 011: a firsT yeaR coursE in geometrY にも現れているように思われます。「なぜ頭字語の FYCG ではなく脚字語の TREY なのか」という疑問に対して、良い答えが思い浮かんだときに認めたメールをここに抜粋します。

FYCG ではなく TREY なのは、011 と合わせると「tr011ey = trolley = 路面電車」という図式が成り立つからだと今気付きました。原題は Voyage でしたから、それぞれの分野の島で観光する船旅ではなく、出発から到着まで一直線で突っ切る電車旅をイメージしているのだと思います(このことは TREY の前書きにもある通り、形式ばった現代数学の空疎さへの皮肉とも取れるように思えます)。

この「前書きにもある通り」というのは、次のような箇所を指しています。

For the record: the more I think about it, the more I object to this common practice in certain textbooks. I increasingly suspect it is just due to laziness by authors. The “main matter” is (in my opinion) not the right time to let the reader “work it out for themselves”, precisely because they are seeing material for the first time. They should eventually be able to work out some proofs for themselves — but not now.

訳者側としては、型にはまっている数学書を訳す方が遥かに簡単であり、EGMO のように自由奔放に書かれたものを日本語に移し換えるのは気の遠くなるほど困難かつ厖大な作業量になってしまいます。それは単に語学的な違いがあるからというよりかは、むしろ(少なくとも語学面は全く問題ないのに数学オリンピックの文化圏を日米ともに伝聞でしか知らず肌感覚を完全に欠いてしまっている私にとっては)互いの文化圏の両立性 (compatibility) を損なわないようにしつつも、かつ日本内部でガラパゴス的に不自然な固定がなされてしまった一部の悪習を打破しつつ、特に 1960 年代から 1980 年代ごろに出版されたものの忘れ去られかけている初等幾何学の学術書の息を現代的な修正を加えた上で吹き返させるという極めて繊細な作業こそが最大の難関となったからでした。日本の数学オリンピック幾何に関する文献として(訳語や慣習の調査という点で)すべて目を通したのが次のものですが、『船旅』の参考文献には実際に役に立った二冊しか入れていません。

  • 安藤哲哉『三角形と円の幾何学:数学オリンピック幾何問題完全攻略』(海鳴社、2006)
  • 黒田直樹「数学オリンピックの幾何について」(灘校数学研究部、2018)
  • 小林一章監修『獲得金メダル!国際数学オリンピック:メダリストが教える解き方と技』(朝倉書店、2011)
  • 小林一章・鈴木晋一監訳『数学オリンピックへの道2:三角法の精選103問』(朝倉書店、2010)
  • 数学オリンピック財団編集『数学オリンピック事典:問題と解法』(朝倉書店、2001)
  • 鈴木晋一『シリーズ数学の世界 幾何の世界』(朝倉書店、2005)
  • 鈴木晋一編著『めざせ、数学オリンピック:平面幾何パーフェクト・マスター』(日本評論社、2015)
  • 野口廣『シリーズ数学の世界 数学オリンピック教室』(朝倉書店、2005)
  • 野村建斗・数理哲人『競技数学アスリートをめざそう(3)幾何編:国際数学オリンピックへの道標』(現代数学社、2018)
  • 山下真由子「外心と傍心、内角の二等分線の関係について」(塩野直道記念第1回「算数・数学の自由研究」作品コンクール、2013)

数学基礎論

「訳者まえがき」は次のような刺激的な文章から始まります(この第一段落をどうにか自然な形で入れることに苦心惨憺しました)。

「初等幾何学の問題は直交座標を用いれば必ず解けるので,数学オリンピックで出題される『問題のための問題』に取り組む価値などまったくない」.このような主張が数学的には否定できないこと,すなわち実デカルト座標平面がユークリッド幾何学のモデルになり,しかも(十分な連続性を課した)ユークリッド幾何学の一階 (first-order) の理論が完全かつ無矛盾かつ決定可能であることを,タルスキはヒルベルトの研究を完成させることにより証明した.

この「幾何学に対する Tarski の定理」のインターネット上で読める良い解説として、Euclidean geometry in nLab が挙げられます。この文章を書いたのもその責があるのももちろん私だけなのですが、その際に id:Alwe さんからいくつかの助言を賜ることができました。謝辞には(他の多くの方々と同様に大変申し訳ないながらも)書ききれませんでしたが、ここで改めて感謝の意を表します。

実は、日本では Hilbert の功績ばかり知られていて、それを実質的に完成させた Tarski の成果が全く知られていない*1という極めて残念な事実があります(たとえば、私の確認した限りでは、岩波数学辞典(第 4 版)にすら載っていません)。Hilbert の公理系を中等教育に導入した教材の例として林正人『中高一貫ハイステージ数学 幾何(上・下)』(東進ブックス、2009・2015)があり、著者が教鞭を執る開成学園では伝統的に中学一年生にこれとおおむね同じ内容の授業が行われています。それはそれでもちろん良いのだと思いますし、たしかにユークリッド『原論』にはいくつもの論理の飛躍があることは周知の事実でしょう。しかし、私は当時聞いていても何がしたいのかあまりよくわからず、それなりに折り合いがつくようになったのは次の Togetter に代表されるいろいろな話を知ってからでした。

togetter.com

そうして幾何は相変わらず苦手なまま高校校舎に移ってまもなくして EGMO の第一章を読む機会があり、そのときに感じた「この圧倒的なわかりやすさ・綿密に練られた教育的配慮・具体的に手を動かせる絶妙な練習問題は一体何なのだ!」という原体験こそが今回の翻訳を動かす原動力の大きな一つでありつづけました。そこには、今まで読んできた初等幾何学の文献には何一つ見出せなかった〈〉を見出せたような感覚さえ引き起こされましたし、国内外を問わずこれほどまでに絶賛されているのも即座に首肯できるものだと直観しました。今思うと、この感動は Gödel の見解ともどこかで繋がっているように私には感じられます。

Geometrical intuition, strictly speaking, is not mathematical, but rather a priori physical, intuition. In its purely mathematical aspect our Euclidean space intuition is perfectly correct, namely it represents correctly a certain structure existing in the realm of mathematical objects. Even physically it is correct ‘in the small’.

(ゲーデル全集 第 IV 巻、p. 454)

このように数学基礎論は非常に興味深い分野であり、数学オリンピックに挑戦する若い中高生に面白い結果を紹介することによって、分野全体の活性化にも繋がるのではないかとさえ睨んでいます(考えすぎ?)。

大学入試

船旅で共通テスト

面白い英文

大量鼓笛随伴

鼓笛随伴 (pied-piping) それ自体は非常に有名な現象ですが、さらに大掛かりなものとして大量鼓笛随伴 (massive pied-piping) と呼ばれるものが知られています(太字引用者)。

Let $ABC$ be a triangle and let $\omega$ be its incircle. Denote by $D _ 1$ and $E _ 1$ the points where $\omega$ is tangent to sides $BC$ and $AC$, respectively. Denote by $D _ 2$ and $E _ 2$ the points on sides $BC$ and $AC$, respectively, such that $CD _ 2 = BD _ 1$ and $CE _ 2 = AE _ 1$, and denote by $P$ the point of intersection of segments $AD _ 2$ and $BE _ 2$. Circle $\omega$ intersects segment $AD _ 2$ at two points, the closer of which to the vertex $A$ is denoted by $Q$. Prove that $AQ = D _ 2P$.

(Problem 7.39: USAMO 2001/2)

つまり、“The closer of the two points to the vertex $A$ is denoted by $Q$” という関係節になっており、これは非常に教育的な用例です。ここで一つ関連する事項に触れておくと、たとえば “the point $B$ is nearer to the line $d$ than the point $A$” は「点 $B$ は点 $A$ よりも直線 $d$ に近い」と訳すことはできません。そこで、当初は「点 $A$ と点 $B$ では点 $B$ の方が直線 $d$ に近い」と冗語的に書き下すことで多義性を回避していましたが、よく考えると「点 $A$ より点 $B$ の方が直線 $d$ に近い」と訳せば、英語と同様に主語だけに比較がかかるので問題なくなりました。

however を含む統語的融合体

Lakoff (1974) で統語的融合体 (syntactic amalgam) と呼ばれた現象は、北村一真『英文解体新書:構造と論理を読み解く英文解釈』(研究社、2019)の 214 ページで紹介されたおかげか、最近ではよく知られるようになったようです。

(6) He’d been siting there for he didn’t know how long when he became aware of someone standing to the side of him.

(Tom Rob Smith (2008): The Child 44)
[訳]どれくらいか分からない間、彼はそこに座っていたが、ある時、 誰かが隣に立っているのに気づいた。

この文はforが接続詞で、その後に節が続いているわけではなく、he didn’t know how long というのが、「彼にもどれくらいか分からない時間」を表す1つの名詞要素となっています。いわば、for long というフレーズと He didn’t know how long it was という別の文が融合したような形と言うことができます。現代小説などでもよく見られる、かなり定型化している表現です。

この統語的融合体は、what や how や who などで用いられるのが普通ですが、実は次のような一節が発見できました(太字引用者)。

Why do we care? The point of trigonometry is to start with however many degrees of freedom are given, assign variables for each, and then blatantly pin down the remaining lengths and angles in terms of these variables. This is exactly what the law of cosines and the law of sines do.

(p. 80)

この用法では「however が単なる副詞としての用法を獲得するに至った」と説明することが絶対に不可能です。

おわりに

私が無事に EGMO の翻訳に携わることができるまでにはさまざまな経緯がありはしたものの、訳者四人で『船旅』を無事出版できたというハッピーエンドには言葉にしがたい(あえて言葉にすると陳腐になってしまうような)感動がありました。サボりきっていた中国語の能力を急いで鍛え直して、京東商城から EGMO の中国語訳を個人輸入して 300 ページ近くの比較・対照を達成したのも今となっては良い思い出ですし、それ以外にも大量の根気と労力を要する仕事をこなし続けることができた自分の若さに少し驚きたくなるような気さえしてきます。

しかしながら、その感動に本質的に根付いているのはやはり、たとえ原著が 6000 円以上するものであったとしても、それでもやはり中高生に 3410 円という大金を叩かせて、おそらく十年以上にわたって読み継がれるであろうバイブルを訳すのだから、本当に胸を張って世間に「買ってください」と言えるクオリティにまで持っていかなければならないという私が当初から抱きつづけていた使命感でした。そして、その試みは確かに成功したに違いないと確信しています。中学生・高校生に限らず、ユークリッド幾何学に興味のある方すべてに、『船旅』は絶対に読む価値のある一冊だと断言することで本記事を締めくくることにいたします。

余談

池袋での打ち上げは楽しかったです!

*1:追記 (2023-03-28):一松信『現代に活かす初等幾何入門』(岩波書店、2003)の p. 23 には「じつは Euclid 幾何学のうち,Hilbert の公理中,順序の公理を使わずに証明できる等式の命題は,決定可能であることが知られている.最初にこれを示した Tarski 自身の証明(のアルゴリズム)は,実用には非効率的だったが,現在では,呉文俊らによるかなり効率的なアルゴリズムが工夫されている.」という記述があり、これはこの引用箇所の次の文と関連しています。